中仙道をはしろうよ 品川~戸田橋(by yuuchaさん)
お昼に近所の台湾料理店で、ランチメニューの牛肉と卵のいためもの定食をいただく。この店の主人は30代の夫婦で日本語はなはせない。いつも中学生の娘がお店を手伝っている。息子は小学生で、いつも店のカウンターでゲームを退屈そうにしている。どうしてここにお店を出したのか伺い知れないが、ただ、とてもなかのよい家族と思う。
うちに帰りいつもどおりジョギングに行こうかと、着替えて靴をはいてみる。さてさて、縄とびに手を伸ばしてふと、どこまではしれるか…そんな考えが頭をよぎる。なわとびをもつのをやめて、お札を1枚ポケットにいれて、家を出る。いつもどおり、でもなんがかワクワクしている。
路上にでて、体を動かす。若いときは、運動前の柔軟がなんの役に立つのかわからなかった。年をとると柔軟の意味がわかる。
さて、旧海岸どおりまでとことこと走り出る。そこから海上公園を通り抜け、海岸通りへ。いつもならそこから天王洲アイルの交差点から品川埠頭へ曲がるところだが、今日はまっすぐ進む。
天王洲アイルをぬけ、マンション開発地帯を抜け、品川駅から田町を過ぎる。ここまで30分。いつもならここでジョギングは終了。ここからは未知の領域。
浜松町から浜離宮の横を通過し、シオサイトの歩道橋を渡って、昭和通りへ。そこは新橋そして銀座。トコトコと土曜日の銀座を京橋へとかけぬける。
日本橋は、一筋皇居よりなので、左折して銀座通りへ。ちょうど1丁目あたりで合流。東京駅前をぬけて、いよいよ日本橋。高島屋の前をはしりつきました。日本橋。ここでちょうど1時間。距離にして約9KM。時刻は1時55分。
とくに体調も足も大丈夫。ちょっと日差しがあって暑い。汗が出ているけど寒くはなってない。
まだいけそうなので、そのまま三越の前を左折して外堀通りへ。日銀の裏を回って新橋駅まえを通り過ぎ、昌平橋へでる。秋葉原中央通りの手前を神田明神の坂道へ。坂をかけあがる。ふと国道の道路標識がある。見ると17号線とある。どこにいくのかわかならないが、とりあえず17号線にそって走ることに。本郷あたり東大の赤門の前をトコトコ。途中17号は左折して2車線に入り込む。道なりにいくと、元白山通りにでる。そのままずーーと直進してくと、人通りがおおくなってきた。ここはどこかと見回すと、巣鴨の文字。ここは、刺抜き地蔵で有名な巣鴨らしい。道の反対側が旧道なのですが、反対車線になり、こちらの方がまだ人通りが少ない分走りやすい。
巣鴨を過ぎ、そのまま17号をどんどん。道はくだり調子になっていきます。ここらで時計をみると2時間を経過しています。一休みしましょう。自動販売機からペット飲料を購入。10分ほどお休みして、再び走り出します。今日はどこまで走ろうかと考えているうちに、”戸田橋”の道路標識があります。おそらく荒川にかかる東京都と埼玉の県境になるのでしょう。そこまで走ることを目的にします。
ここはどこかなとおもいっていますと、板橋の表示。ここから三田線が下を走っているようで、交差点ごとに地下鉄の入り口がでてきます。板橋からお引き続きだらだらと下り調子になります。
ここらで、ジョギングしているおじさんに抜かれてしまいました。だらだら走りなので、しょうがないのですが、しばらく先をいってもらってましたが、ここは追い抜けるか試したくなってピッチアップ。トントンと走りをあげて、追いつき、しばらく並走。相手のピッチが落ちてきたので、前に出てそのまま引き離し…。ん~気持ちいいです。ほいほいと走っていきます。またずーっと走っていきましたが、少しつかれてきました、ずっと荒川に下っていく道が足にダメージするみたいで、中途半端に休憩をいれてみると、かなり疲れた感。いっぽう戸田橋にはたどりつかず。ちょっとつかれたなぁと思っていると戸田橋まで3kmの表示が。あれあれ、まだしばらくつきそうにないですね。トコトコはしりで、いけるとこまでという状態。
しばらく走って、短めの橋が見えてきます。ここは戸田橋?いやちがいますね。方水路にかかる橋のようですが、その先が戸田橋なのでしょうか?さてさて、走りつづけると大きな土手がみえてきました。ついに荒川に到達。土手を上る階段をあがると戸田橋。その袂に交番があります。東京都に入る大きな橋の袂には交番がかならずありますね。昔でいえば木戸みたいなやくわりなのでしょう。
もう空は夕方、遠くに山のはがみえます。雲の間から赤い空が一部分みえ、山波にさえぎられるように今日がおわっていきます。戸田橋は徒歩で、ゆっくりと渡ってみました。川原は東京側は公園になっていて、埼玉側はなにもありません。岸と川との間があまりないかもしれません。荒川ってどこからながれてくるんだっけ。
さて、橋も渡り終えそうなところで、戸田市に入る標識がありました、振り返っても東京に入る標識は見当たりません。上流をみてみると、戸田競艇のコースがみえます。川の傍にコースをもうけたようです。洪水のときとか沈んでしまいそうです。
橋をわたりおえたところで、そろそろ6時。日もくれてきました。今日は戸田公園駅までで終わりにしたいと思います。17号から分かれて、路地にはいって線路沿いの道を進むと、埼京線の高架の先に戸田公園駅がみえています。埼京線は東北上越長野新幹線も同じ高架をはしっています。とてもおおくの新幹線が通り過ぎていくのがみえます。また東海道新幹線にくらべ車体もさまざまで、みててあきません。
高架の下にスーパーやフィットネスクラブなどが並んできてついに戸田公園駅に到着しました。戸田公園駅は比較的新しい駅なのですが、駅前といった趣はまったくなく、畑と住宅の中に空中から駅の入り口が降りてきているといった感じがします。しかし、東京に最寄の快速電車がとまる駅なので今後開発されるかもしれません。
■今日
走行時間 3.5時間
走行距離 19km
【旅行時期】1995/04/22~1995/04/22
【エリア】
品川
【テーマ】
【投稿者】
yuucha
まふりらのぶらり一人旅【3】(by まふりらさん)
1週間の一人旅も最終章です。
【5日目】宿→陽明春天で素食ランチ→微熱山丘でお土産→オーガニック食品店(精力湯)→宿→西門町(杏仁かき氷)→カルフールで買い物→宿でのんびり
【6日目】宿(朝食)→行天宮→林東芳牛肉麺(牛肉麺)→RTマートで買い物→百果園(フルーツかき氷)→オーガニック食品店(精力湯)→九?(杏仁豆腐)→士林夜市(唐揚げ、愛玉、阿仔煎、魯肉飯、臭豆腐、お好み焼)→宿
【7日目】宿→大安公園→永和豆漿(豆漿、蛋餅)→宿(朝食)→松山空港→羽田空港
この頃には台湾が愛おしくてたまらなかったです。
帰りたくない!って何度も思いました。
【旅行時期】2011/09/21~2011/09/27
【エリア】
台北
【テーマ】
グルメ
【投稿者】
まふりら
鴛鴦夫婦? 台湾へ行く~ 其弐(by yan10さん)
仕事柄、嫁との休みが合わない日が多い
仮面夫婦???
今回の旅で仮面→鴛鴦になれるよう
そのきっかけ作りの為・・・
当たり障りの無い『台北』へ・・・
基!(もとい!)
行きたいからこそ!『台北』と相成りました???
【旅程】
6/11 関空発→九分→永康街
6/12 龍山寺→西門→中正紀念堂→三峡→饒河街観光夜市 ★
6/13 迪化街→帰宅
【移動手段】
JAL MRT タクシー 台湾鉄道
【宿】
天成大飯店(6/11~6/12) 2名/1泊 \4425
【利用航空会社】
日本航空(マイル消化)
【出費】換算レート T$10=\27
(台北・三峡)
台北駅~龍山寺駅(MRT板南線) T$20
中正紀念堂駅⇔台北駅(MRT淡水線) T$20
豆漿(阜杭豆漿) T$25
厚焼餅(阜杭豆漿) T$25
アイス(天成大飯店1F) T$50
台湾麦酒(セブンイレブン) T$35
台北駅⇔鶯歌駅(西部幹線 普通列車) T$27
炸排骨(龍門客棧餃子館) T$70×2
豚肉水餃(龍門客棧餃子館) T$7×12
牛肉麺(龍門客棧餃子館) T$120
台湾麦酒(龍門客棧餃子館) T$70×3
龍門客棧餃子館付近⇒台北駅 T$120
台北駅⇔松山駅(東部幹線 普通列車) T$20
【旅行時期】2011/06/11~2011/06/13
【エリア】
台北
【テーマ】
【投稿者】
yan10
2007年5月、東南アジアのエキゾチックなイスラム文化に触れたくて②(by グラナダさん)
2007年5月11日~5月16日までの街歩きと食べ歩きの旅行記です。
5月13日
朝6時半に起床、外はまだまだ暗くやっぱり日本は日の出ずる国だと実感しました。早々にホテルを出ていざ探検。これがあるから旅は止められないです、今日はホテルの前を探検しようと思い道路を渡りラジャ・チュラン通りをプリンスホテルまで行きましたが以外に近くこのまま帰ってもつまらないので次はスルタン・イスマイル通りをツインタワーの方角に探検です。7時位になってようやく空が明るくなってきました、この辺はオフィス街みたいで商社のビルがたくさん建っていてちょっとつまらないです。8時近くになったのでホテルに戻り妻を起こし朝食会場へ。シティリゾートだけあって料理の種類はめっちゃ多かったです。客の顔ぶれは欧米系、アラブ系、マレー系、インド系、中国系、日本人は意外に少なく2組ぐらいで日本語が聞こえないのがとても心地良かった。メニューは、パンだけで20種類くらい、白米、ナシゴレン(チャーハン)、お粥、ココナッツライス、ミーゴレン(焼きそば)、シリアル、フォー、ビーフハム、ターキーハム、ソーセージ、エメンタールチーズ、スクランブルエッグ、目玉焼き、ゆで卵、野菜サラダ、春巻き、シューマイ、フライドポテト、ベジタブルカレー、ナン、ローストチキン、パパイヤ、メロン、スイカ、バナナ、オレンジ、シロップ付けの果物8種類くらい、コーヒー、紅茶、ジュースなど とにかく美味しそうな料理が目白押しです。今日は9時に憧れのマラッカに行くので45分まで食事をしてホテルのロビーに移動。現地のガイド唐(トン)さんが来ていて早速ワゴン車に乗りクアラルンプールからシンガポール方向に向かっての高速に乗り片道2時間の行程です。KLIAの横を過ぎ、景色はパーム椰子の畑が続き南国たっぷりの風景で、昔はゴムの木の畑だったけれど天然ゴムの需要が少なくなってからパーム椰子に移行したそうです。途中トイレタイムがありパーキングの横でマンゴスチン500g、ランブータン500g、を200円で買い冷やしてから食べる為ホテルまで我慢、我慢。2時間丁度でマラッカに到着、色々なガイドブック、テレビ、写真集を見ていたのでどれもが感動もので、まずはジョンカー・ストリートを車で通りハーモニー・ストリートを歩いて探索。最初にチェン・フーン・テン寺院、当時の金額でかなりかかったと思われるくらい屋根の装飾に力を入れていて現在修復できる職人がマラッカにいない為中国から職人を呼んで修復したそうです。現在でも中国系の人達の信仰の場所だそうでたくさんの方がお参りに来ていました。丁度トライショーが門の前にあったので写真をパチリ、次にカンポン・スリン・モスク この寺院は今まで見てきたモスクの中でも初めてだったのが、屋根がドーム型ではなく四角い屋根で、華僑の方が建てたからなのかとても新鮮に思えました。次にマラッカの華僑の人達の住居、街並みですがババニョナ文化という独特のスタイルで当時かなり儲かったのだろうというのがはっきり分かる建物が次々と現れてあっという間にスリ・ポヤタ・ヴィナヤガ・ムーティ寺院に到着、ここは最も古いヒンドゥー教の寺院で友人のアルジュン(ネパール人)を連れてきてお参りさせたかったです。バリ島の寺院と比べて色が極彩色でインドに近いから?という位インドらしい寺院でした。ここからマラッカ川を渡りいよいよオランダ広場です、スタダイス(旧オランダ総督公邸)は写真よりもレンガ色が濃く中々の存在感でヨッ!マラッカ名物ってな感じでした。現在は博物館になっているのですが、中を見たかったけれど時間がないので諦めました。こういう所がツアーの嫌な所で自分の興味のあるところに時間を費やす事が出来ないのです。キリスト教会を見ながら丘を登ってセント・ポール教会へ、ここはフランシスコ・ザビエルの遺体が一時安置していたと伝えられている教会なのですがザビエルがここで死んだという事を知ったのは授業ではなくテレビの番組だったと思います。私たちの時代の東南アジアの勉強は本当に時間が少なくあっさり終わった感じしか記憶にありません。面白い歴史がたくさん埋もれています、同じアジア人として勉強の時間をもっと費やすべきだと思います。当日インドの映画撮影のロケをしていたみたいで綺麗な女優が撮影の合間で休んでいました。いったいザビエルとインドは何の関係があるのか理解は出来なかったけれど綺麗な女優だったから許しちゃおっと。とぶつぶつ独り言を言っていたら妻に聞かれていて、今度は「エロオヤジ、さっさと前に進みなさい」と。あ~おそろしや我妻の耳はやはり地獄耳だった。只ここの丘から見たマラッカ海峡がとても綺麗でもっと雲がなかったら対岸のスマトラ島が見えるそうです。
気になった帆船の海洋博物館も時間がない為見学なし。丘から下ってきてサンチャゴ砦に付いた頃には暑くて喉がカラカラでした、砦は意外に小さくこんなので守っていたのかと聞くと、門のみを再建したそうで当時の建築労働者様ご苦労様でした。ここから独立宣言記念館を見てまたもや見たかったマラッカ・スルタン・パレスも只、見てるだけ~。
次回来た時には絶対に来てやると思いながら名物ババニョナ料理を食べにレストラン親切へ。この時には渇いた喉はピークを過ぎてとりあえずビールを下さいと夫婦で発した最初の言葉でした。最初の料理が魚の揚げ物これはまあまあの味でした、次に揚げ豆腐これも味的には辛くなくて思わず「ソスチリかサンバルを欲しいと言って持って来てもらいました。次に牛肉の黒胡椒炒めと海老の甘辛炒めが出て来たのですが、牛肉はとっても美味しく好評だったけれど海老が噛んだ途端シロップが出てきたのかという位甘かった。そもそも私は甘いおかずはご飯のおかずじゃないと思っている方だから一匹で「ご勘弁してくだせー、ご主人様ー」と叫んじゃいました。妻はもともと甘いのが大好きなので大丈夫と思いきや「私も全部食べるのは無理!」最後にナシゴレンが出て来て恐る恐るもしかして甘かったりして、と思いながらちょっと食べたら美味しくて海老は無視してビールを飲みながらナシゴレン。これじゃ私の体が豚になるのも当然です。喉も癒され満腹になった所で帰路につくのですが、ツアーの最悪がショップに立ち寄るところです、中国の漢方薬、食材、民芸品ですがどれをとっても異常に高く、思わずトゥルラル マハル。ボレカ ディタワル(高すぎる、安くしてくだせー)を連発したのですが安くしないので妻がお土産のカレー粉を買っておしまいにしました。帰りの車内はずっと炎天下の中を歩いて(気温34度、湿度84%と言っていたがもっとあったような気がする)2人とも疲れていたのでずっと寝ていました。昨日は夜にクアラルンプールに着いたので分からなかったけれど市内に近づくと市内全域がスモッグに覆われていて今じゃ東京の方が綺麗だよと言える位すごかった。5時頃ホテルに到着これで1人11000円のツアーです。その後私はトンさんに教えてもらった両替屋に行き、妻は2時間ほどホテルで休んで体力が復活してから食事に行く。
両替屋はブキッビンタン通りのLot10の交差点からリージェントホテルに向かって歩きホテルの手前に銀行があり、その隣にインド系人がいる両替屋です。レートは1RM,38円でやはり日本より手数料が安いです。ホテルに戻り、本日のメーンイベントロブスターを食べにレストランへ。ここで東南アジアのスコールの洗礼を受ける、妻は水溜りに足を入れてしまいLot10で靴を拭き拭き、不満たらたら。しかしよく食べる夫婦ですね、いやしさ100%の夫婦みたいで自分で日記を書いていてもゲップが毎度出てるみたい。レストランはスルタン・イスマイル通りのザシップ。ネットで調べていたのですぐに場所も分かりいざ店内へ、照明が少し暗く船内の雰囲気を出しているのですが元々船が嫌いなので船酔いしそうな感じでしたが、ロブスター、ラムチョップ、野菜サラダ、ビールを頼み食べ物が出て来た時にはすっかり忘れて夫婦でむさぼってしまった。講評を述べますと、ロブスターは美味しいけれど食べづらい。1回食べただけで十分という感じです。ラムチョップは日本で食べると肉が小さいのでボリュームがあって◎、味付けのデミグラソースの甘みが気になった、かえってハーブソルトの方があっさりして美味しいと思う。ビールを4杯ほど飲んで全部で8000円弱だからかなり安いです。今日は食べ過ぎて動かれないので、気になっていた足裏マッサージの店に向かう。場所はブキッビンタン通りの真ん中ホテル・マレーシアを過ぎたあたりで進行方向の左側です。1時間2000円で日本より安いと思ってしてもらった記憶があります。
マッサージの良さは、私は強めが好きなので予め伝えて強押し、妻はソフトが好きなので弱押しで。担当の男性が安全地帯の玉置浩二がお客で来ていると言っていたが本当かどうか定かではない。マッサージも終わりホテルに戻り朝から山盛りのスケジュールだったのでお休みなさい。
【旅行時期】2007/05/13~2007/05/13
【エリア】
マラッカ
【テーマ】
【投稿者】
グラナダ
Supermarket(by ABDOさん)
共稼ぎの夫婦が多いアメリカでは、週末に1週間分の食料を買いだめするので、その量も半端ではなく、はみ出すショッピングカートを引く光景をよく見かけます。
ジュース、ミルクはガロン(3.785L)売り、ステーキ用の牛肉の大きさも半端ではありません。全てがビックなのです。野菜や果物は自分で計って必要な量をビニール袋に入れます。値段は1ポンド当たり(Lb.)で、1個売りはea.と表示されます。
ショッピングカートでレジまで運び、そこで品物を自分で台にのせます。台はベルトコンベアのように動き、レジ係が精算している間、別の定員が『Paper or Plastic?』と聞き、紙袋かビニール袋に入れてくれます。レジには、『Express or 10』と書かれたレジがあり、この場合、10品目以内を現金で買う客のみ利用できます。
新聞や雑誌についてくるクーポンを利用するとその商品が定価より安く購入できます。クーポンはLA Times等の新聞の日曜日版に多く入っているので日曜だけ新聞を買う人も少なくないようです。
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牛肉を食べる文化が明治時代に 日本に伝わったそうですが それまで日本は牛肉を食...
牛肉を食べる文化が明治時代に 日本に伝わったそうですが それまで日本は牛肉を食べるという 発想がなかったので もちろん肉牛を飼っていなかったと 思うのですが、 今まで労働に使っていた牛などを 急に食べるようになったんですか?
牛肉について質問します。 今東北でセシウム汚染された牛の餌のわらが問題になって...
牛肉について質問します。 今東北でセシウム汚染された牛の餌のわらが問題になっていますが、外国産のわらや牧草を輸入して食べさせたら、 牛肉の味って変わるんでしょうか? 良く、和牛肉は柔らかいし、脂に甘味が有って美味しいが、外国産の牛肉は固くて臭くて脂の風味が悪くて不味い、それは餌と水が違うからだ、なんて言いますよね。 それが本当なら、安全な牛肉を生産しようと外国産の餌で育てたら、不味い肉になる、という事になってしまいますよね?実際どうなんでしょうか? 皆様ご回答お願い致します。